「川旅」
これほど男の浪漫を端的に表した言葉があるだろうか?
カヌーの神様であり、リバーツーリング界のカリスマである野田知佑さんは、名著『川へふたたび(小学館文庫)』の中でこう述べられている。
確かに川旅は「男の世界」である。
自分の腕を信頼して毎日何度か危険を冒し少々シンドくて、孤独で、いつも野の風と光の中で生き、絶えず少年のように胸をときめかせ、海賊のように自由でー。
つまり、ここには男の望むものがすべてある。川へふたたび(小学館文庫)より引用
く〜、カッコイイ!
最初にこのくだりを読んだのは20年ほど前なんだけど、ものすごく衝撃を受けたね。
それから約20年。
「男の望むもの」を手に入れるのに随分と時間がかかった。
男というのは、50歳を超えても「少年のように胸をときめかせる」何かを欲しがっているのだ。
たった1泊だけで、野田さんから比べれば恐ろしくスケールの小さい話なんだけど、51歳ジジイのささやかな川旅は、いよいよフィナーレを迎えようとしている。
果たして彼は、「ミッション:イン古座川」を完遂することができたのか?
いつものように、曖昧な記憶とともに振り返っていこう。
名古屋からの刺客
さて、テント泊の準備を終えた僕は、早速焚き火を起こして一人宴会を始めることにした。
でもまだ夕方の4時半ごろ。
何をするでもなく、ボケーっと焚き火を眺めていた。
すると、上流の方から黄色いパックラフトに乗った2人組が音もなく近づいてくるじゃないですか。
「お、パックラフト?」
と思って見ていると、その2人は河原に上陸してきたのだ。
パドルを片手に持ち、ズンズンと河原を歩いてくる威風堂々とした佇まいは、
「俺ら、パックラフトの川旅は慣れてますんで」
的なオーラを漂わせていた。
まるで腕利きの刺客のようだ・・・。
この時間に河原に上陸するということは、多分僕と同じように、ここでテント泊をするのだろう。
「テント泊仲間ができた!」と喜んだ僕は、
こんにちは〜。
そのパックラフト、ココペリですよね!
どこから下ってきたんですか?
と、彼らに声をかけ、しばし談笑。
名古屋からわざわざ、この古座川まで電車とバスを乗り継いでやってきたそうな。
やはりにらんだ通りのツワモノ達だ。
スタート地点は、僕と同じ一枚岩。お昼の2時くらいから下り始めて、今到着したとのこと。
2人とも、職場の同僚だということだ。
和歌山の川が好きで、古座川や小川によく来ているとのこと。
僕も自分の数少ない経験の中から、和歌山の川談義に花を咲かせた。
彼らは、ひとしきり話が済むと、「じゃあ・・」ということでテント設営のために去って行った。
僕はてっきり、近くにテントを設営するのだと思っていたが、彼らが設営したのは、僕のベースキャンプから遠く離れた河原の端っこ。
オレンジとグリーンのテントが見えるだろうか。
・・・なにもそこまで離れなくても(涙)
俺の何が気に入らなかったのだろうか・・・。やはりこんなジジイの隣は嫌だったのだろうか・・・
それとも本当に刺客で、誰かを始末するために名古屋からやってきて、人に見られたくない何かを隠し持っているんだろうか?
と若干寂しい思いもしたが、そもそも川旅というのは「海賊のように自由」になるためにやっているのだ。
こんな広い河原で、テントを密集させても自由を感じられないもんね。
ということで、本日のリバーサイドホテル(河原のことね)の宿泊客は、3名様と相成ったのだ。
【ミッション:その6】焚き火を思う存分楽しむがいい!
さて気を取り直して、ミッションの続きだ。
日が暮れてきて、いよいよメインイベントの焚き火を本格的に楽しむ時間がやってきた!
ただの焚き火の動画を1分間も見せられる読者は、たまったもんじゃないだろう(笑)
でも焚き火の炎のゆらめきって、何時間見てても飽きないよね? ね? ね?
今回、この焚き火台を初投入したのだが、長めの薪をドンと置けるのが良いね。
そして、メスティンで炊飯。
できたのはレトルトカレー(笑)。
フォトジェニックのカケラもない手抜き飯。僕は料理が苦手(というか、口に入ればなんでも良い)なので、男1人になるとこんな飯になるのだ。
YouTubeでソロキャンの動画を見ていると、みなさん凝った料理を楽しんでるよね。
僕もいつか、と思うんだけど面倒くさくてね。
さらに手抜きで、焼き鳥の缶詰をそのまま火にかけるという体たらく。
こうして一人の孤独な、でも圧倒的に自由な時間が過ぎていった。
焚き火。孤独。自由。
これらを存分に味わうための必須アイテム、ウイスキーの登場だ。
夜が更けるにつけ、だんだん寒くなってきた。
熱々に沸騰したお湯で割ったウイスキーは、体と心を芯から温めてくれた。
しかしあれだね。たった一人で誰とも話さない夜なのに、全然寂しさを感じないもんだね。
むしろ、心から充足感を味わっているというか。
しかしあれだね。同じ河原の遠くの方から、2人くらいの笑い声がかすかに聞こえてくるのは、きっと空耳だよね。
全然寂しくなんか、無いよね。
焚き火を眺め、ウイスキーをチビチビ飲みながら「これからの人生について考てみるか」と、柄にもないことを思っていたのだが、焚き火の炎を眺めているうちにそんな事はどーでも良くなって、何も考えずにボーッとしていた。
(酔っ払ってたってのもあるが)
ただただ炎の揺らめきを見つめ、何も考えない時間。
本当いうと、こういうのが欲しかったんだよな。
シンプルに、何も考えず、ありのままでいられる時間。
暗闇の中、ぽっかりと浮かび上がるお月様。
川のせせらぎ以外は何も聞こえない、静寂の世界。
次第に自然と同化していく自分。
アカン・・・・完全に自分に酔ってるわ・・・・(笑)
恥ずかしいわ。
でも男の浪漫というのは、大抵がひとりよがりで恥ずかしいものなのである。
寒さと怖さのミッドナイトフィーバー
自分に酔ってる時間が過ぎて、おねむの時間がやってきた。
テントにごそごそと入り込み、不安いっぱいの3シーズン用シュラフに入る。
酔っていたのもあって、すぐに熟睡した・・・・・・・・・のもつかの間。
さ、寒い。
あまりの寒さで目が覚めてしまった。
やっぱ無理っすよ、このシュラフ。後で聞いたところによると、この夜は今秋一番の冷え込みだったとか。
寒さで眠れないって、辛いね。
そこですかさず、毛布をシュラフの中に突っ込み、ヒートテックの上にフリースを2枚重ね、その上にパーカー。
ズボンを二重に履いて、ようやく暖かくなってきた。
これでようやく熟睡できると思いきや、僕の睡眠を妨げる、もう一つの敵が襲ってきたのだ。
その敵の原因を作ったのが、これだ↓
これは悪友のチャイナスキーSとのLINEのやりとり。
僕のソロキャンの様子や焚き火の動画を送っていたのだが、その返事が「半透明の奴出るで」とは、なんと心ないことを言う奴なんだろう。
「やめてくれ」と言ってるのに、さらに追い打ちをかけてくるドS野郎。
普通なら「ソロキャンプ楽しんでこいよ!」とか「焚き火羨ましいな〜」とかだろ?友人なら。
でもチャイナスキーSは、そんな優しいことは言わない。
僕の弱点を知り尽くした、絶妙なLINEトークをかましてきたのだ。
実は僕はめちゃくちゃ怖がりさんなのだ。
51歳にもなるジジイが何を言ってるんだと笑われそうだが、正直に言おう。
お化けが怖いのだ。
もう一つの敵とは、お化けのことだったのだ。
中編の記事で、橋の斜め下にテントを設営したって書いたよね?
橋の下というか裏側には、検査路っていう鉄製の道路がついているんだが、そこが突然、
カン・・・・・・・・・
カンカンカンカン・・・・・・・・・・・
って人が通っているような音が鳴るのね。結構大きい音で。
チャイナスキーSとのLINEが頭をよぎる。
「いや、まじで居るやろ!半透明の奴!」
「やだな〜、怖いな〜!」
と気になって気になって眠れなかったのだ。
ブルブルと震えているのは、寒さなのか怖さなのか?
こうして半狂乱になりながら、ミッドナイトフィーバーを楽しんだのだった。
これ読んでいる人の中には、これからソロキャンプをやりたいなって人もいるかもしれない。
衷心から忠告するが、橋の下だけはやめようね。
半透明の誰かが検査路を歩いてるから。
ちなみに悪友のチャイナスキーS。
ロシアの傭兵部隊のエースのような名前だが、そうではない。
仕事柄、しょっちゅう中国に出張に行ってる奴なので、こういう名前をつけたのだ。
奴は料理の腕前がすごく、まじでめちゃくちゃ美味い料理を作る。
川旅に興味を示してくれないのだが、今度無理やり連れてきて、美味い料理だけを作らせようかと思っている。
【ミッション:その7】早朝の古座川を堪能せよ
寒さと怖さのミッドナイトをくぐり抜けた僕は、ほぼ眠っていない状態で朝を迎えた。
しかしそんな僕に新たなミッションが舞い降りた。早朝の古座川を堪能すると言う重要任務だ。
そこで早速、焚き火を開始。お湯を沸かして熱々のコーヒータイムだ。
パチグリルの唯一の弱点は、薪と五徳の距離が離れている事。
このおかげで、調理中も薪を追加投入しやすいんだが、お湯が沸くのに時間がかかる。
そんな時は思い切って燃える薪に直置きだ!
これであっという間にお湯が沸く。
以後、僕の湯沸かしはすべて、薪に直置きスタイルになった。
この時点で、朝の6時半ごろだったかな。
川を見ると、幻想的な朝霧が川面に立っていた。
朝の清冽な空気と川のせせらぎ。小鳥のさえずり。
マグカップから立ち上るコーヒーの香り。
だめだ、また自分に酔いそうになってきた。
そうこうしているうちに、朝日が川面を暖かく照らし始めた。
朝飯は、またもや手抜きでじゃがりこにお湯を入れて、じゃがりこマッシュだ。
これね、まじでオススメ。
じゃがりこにお湯を入れて3分ほど待ってかき混ぜると、絶妙に美味いマッシュポテトに早変わりするのだ。
これを編み出したシェルパ斉藤さん、マジリスペクトです。
そして朝からチキンラーメンをすすって、大満足の早朝タイムを過ごしたのだ。
もうね、今回の川旅、この時点で大満足。お腹いっぱいになった。
【ミッション:その8】再びパックラフトで川へ出撃せよ!
当初計画で、己に課した過酷なミッションは、朝から再びパックラフトに乗って明神橋(小川との合流地点)までダウンリバーし、そこから約4kmを歩いてここまで戻ってくるというものだった。
・・・正直、かなり迷った。
のだが・・・・
もういいや、やーめた!
と、今回の川旅をここで打ち切ることにした。
「え?ミッションは??」
はい、「ミッション:イン古座川」は完遂できずに、ここで完了です。
ここからの川下りを期待していた皆様(そんな人はいないと思うが)、申し訳ない。
大滝秀治さんがご存命なら、
「つまらん! お前はつまらん!」
と言われたことだろう。
いや、「お前の話」じゃなくて「お前」って人格否定されてるやん(笑)って話だが、もうね、満足しきってお腹いっぱいになったのよ。
濡れて冷たくなったネオプレンソックスやシューズを履くのも、なんだか嫌だったし。
川旅だの、男の浪漫だの言ってたくせに、なんという中途半端野郎なんだ!
とお怒りになるのは分かる。
でも正直、ここから川下りしようが、このまま河原でお昼までまったりしようが、僕の自由なのだ。
己の心ゆくまで自由に過ごすことをテーマにしていた今回の川旅。
変な義務感で行動したくなかったのだ。
というか、このリバーサイドホテル(河原)、居心地が良すぎるぞ。
どこからかブーイングが聞こえる気がするが、きっと気のせいだろう。
そんなわけで、このままお昼前までまったりと過ごした僕なのであった。
さらば、名古屋からの刺客たちよ
さて、共に一夜を同じ屋根の下で過ごした我ら3名。(屋根はないけど)
名古屋からの2人は電車で来てるので、河口まで川下りして、古座駅に辿り着かねばならない。
この時期は高瀬橋より下流は、落ち鮎の産卵のために川下り自粛中なのだが、そこは目を瞑って気持ちよく送り出そう。
せめて川へ出撃するところは見送りたいな〜、と思っていたのだが、10時超えてるのにまだ出撃の気配を見せない。
こっちが心配になるくらいのんびりしている2人だが、これも川旅。
すべてが気の向くままに自由にやれば良いのだ。
すると11時ごろに、わざわざ僕のところにやって来てくれ、「今から下ります」って挨拶してくれた。
なんという気持ちの良い青年たちだろう。
そこで彼らの出発を手を振って見送ったのだ。
来年の5月には、小川を下るって言ってたので、小川での再会を誓っての別れだった。
さらば、名も知らぬ名古屋の青年たちよ。また会おう!
名も知らぬ青年たち・・・・
そういえば、お互いに名前も名乗ってなかったじゃねーか!
まあいいや。来年5月に小川で再会した時は、抱き合って名を名乗り合おうぞ。
来た時よりも美しく
ブッシュクラフトしてる人たちの常識として、「原状回復」というのがある。
キャンプ場や河原で焚き火をした後は、ただ水をかけただけで放置したりする人が多いが、それはやってはいけない。
焚き火跡や、燃え残った炭をそのままにしておくのは、環境にも悪いし見た目も汚い。
実際、この河原にも焚き火跡がそのまま残っているのを見かけた。
ひどいことに、調理に使ったであろうアルミホイルもそのまま放置されていて、悲しい思いをしたのだ。
焚き火の跡を一切残さないように、自然へのダメージを極力無くして、ここに来た形跡が分からないようにするのが、「原状回復」という考え方だ。
要するに「来た時よりも美しく」ということね。
ということで、僕も原状回復を。
(焚き火台を使っているので、ぶっちゃけ原状回復も何もないんだが・・・)
真っ白になった灰は自然に還るので、綺麗に埋める。
灰になり切らずに、黒い炭になったものは自然には還らないので、ゴミとして持って帰ることにする。
焚き火台の良いところは、地面にダメージを与えないのはもちろんだが、石にススをつけないので、原状回復がしやすい。
これで原状回復できたかな?
ということで、リバーサイドホテルをキレイキレイにして、今回の川旅はめでたく終了ということになった。
【エピローグ】ニワトリ脳、再び。
ミッションは完遂できなかったけど、本当に充足した川旅だった。
寒さと怖さに打ち震えた夜を過ごしたけど、本当に充足した川旅だった。
また来よう。
それまで倒産することなく続いてくれよな、鶴川橋の河原ホテル。
さあ、のんびりと帰るとするか。
と、車に乗って帰路についた僕。
古座川沿いを気持ちよく走っていると、前にムハンマドOと下った記憶が蘇ってくる。
その時のゴール地点だった月野瀬河原と少女峰が見えてきた。
「あの時、車のキーを忘れてな〜。ほんま、俺ってアホや 笑」
と一人で笑ったその瞬間・・・・・
「あ、自転車忘れた!」
そうなのだ。
一枚岩に自転車をデポしていたのをすっかり忘れていたのだ。
慌ててUターンして一枚岩に急行するニワトリジジイ。
また、やらかしちまった。
どぶろっくに、僕のしくじり人生をネタにして歌ってもらいたいものだ。
こうして最後の最後に、いつものニワトリ脳を炸裂させてしまった。
ハードボイルドに男の浪漫を求める旅だったのだが、最後はやはり、僕らしく終わったのだった。
最後に一言だけ、自戒を込めて言いたい。
この時期、シュラフだけは冬用の良いものを持っていこうね!
以上、浪漫旅情派ニワトリ脳、みっちーがお届けしました。
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